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今年も、ありがとうございました

2019年が終えようとしています。
今年は本当にたくさんの事がありました。

川越の地鎮祭から始まり、川越店のオープン。

『愛と光』、本の出版。
愛と光は日々見る霊界の話を体験として書きました。
本当はもっと、もっと、体験談があるのですが書ききれなくて半分にしました。

川越店の店舗、たくさんの寄付をいただきお陰さまでで立派な建物、気の通る「石の杜」ができました。
本当にありがとうございました。

そして今もなお、皆さまが寄付を続けてくださる事に心から感謝申し上げます。
ありがとう‼︎

4月には東北の岩手で、東日本大震災の慰霊祭に行かせていただきました。
皆さまと一緒に亀のお詫び文を書かせていただきました。後半は点描画を書かせてもらい、「世界144,000人の平和の祈り」では、皆さまと心を1つにして祈り合わせをさせていただきました。

メシアメジャー全集の7巻・8巻の出版。最近はメッセージが多く、1日の半分をメッセージに費やしています。


海外ツアーはハワイと中国。
ハワイは最高のホテルでしたから今まで味わったことない満足感に浸り、中国では目に見えない人の来客があり、楊貴妃や道武帝の話。
8月以降は、思ってもいない歴史の紐解きに感激しました。

三都市講演会では毎月、銀座に行き、大阪と名古屋は各月で、皆さまと深く触れ合いができ、とても幸せで楽しかったです。
また、行けば必ず美味しいものを食べさせていただき、心と身体の満腹感に至福の喜びを感じました。(笑)

考えるといっぱいあり過ぎて、
でも、言えるのは・・・・

楽しかった‼︎
嬉しかった‼︎
幸せだった‼︎
の3つにまとまります。

本当に素敵な1年でした。ありがとうございました。

2020年はどんな年になるのか、ワクワクしながら大晦日には天と地と人に感謝して今年の最後の日を締め括りたいと思っています。

では、皆さま良いお年をお迎えください。
ありがとうございました‼︎

2019年、素敵な年でした
2020年、素敵な年になります。

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【2019年12月18日】運のつく冬至

本当はすごく長いメッセージでしたが、簡単にまとめてみました。

*************

冬至は2019年12月22日です。

冬至の日にすることを2つ
1つは、《食べる》
人の健康に良いと定めた七種を食べることで、無病息災として薬膳を食べる。

七種の食べ物にはすべて「ん・運」が付きます。『運がつく』のです。
冬至の七種で見てわかるように『ん』に共通しているのは色です。クリーム色か黄色です。
すべての運は金運を意味しています。

【冬至の七種】
・なんきん:南京、(かぼちゃ)
・れんこん:蓮根 
・にんじん:人参
・ぎんなん:銀杏
・きんかん:金柑
・かんてん:寒天
・うんどん:饂飩、うどんのこと

「いろはにほへと」が「ん」で終わるように、「ん」には一陽来復の願いが込められています。
冬至には3つ以上の『ん』の付く食べ物を食べ『一陽来復(いちようらいふく)』と声に出してください。福が来ます。


1つは、《風呂に入る》
次に、風呂には柚子を入れて入ります。
柚子(ゆず)(ゆず)=「融通(ゆうずう)」がきく、冬至(とうじ)=「湯治(とうじ)」。冬至に柚子湯に入ると風邪をひかずに冬を越せると言われています。

運を呼びこむためには身体の清めが大事です。酢っぱい物は邪気を跳ねのける力があります。

1つに、柚子湯で禊(みそぎ)をします。
2つに、風呂に柚子を入れ金色に輝く柚子を玉として突いて遊ぶ『運を付く・運が就く』と思いながら、運を引き寄せます。
また、柚子は実るまでに長い年月がかかるので、『長年の苦労が実る』と言われています。

*************

来年2020年は180年に1回、迎える大金運の年です。
次回は大金運をとらえる方法をお伝えしたいと思います。

最後の講演会
(* ̄▽ ̄)フフフッ♪

三都市講演会の名古屋会場と銀座講演会では、先に全公開!!
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体内記憶

皇后雅子さまのお誕生日、フェイスブックを見ていると、皇后さまのお誕生日関連の記事で愛子さまの体内記憶の記事が載っていました。

その記事を読んでいて、自分の記憶も重なり、なつかしくなりました。

昨今なら生まれた時の記録を覚えていると人に話しても『覚えているのねー』と言われて終わるのですが、60年前に家族に話すと『奇妙な事を言ったらいかん』と叱られました。

すでに5歳過ぎでしたから、今も話した時のことをハッキリと覚えています。

最初に母に、自分が生まれた部屋の話をしました。生まれた瞬間に部屋の中をぷわぷわ飛びながら見て歩いたと話しましたが、『そんな事あるわけないやろー』って言われたと思います。

母の言葉はあまり覚えていませんが、笑ってあしらわれたように思います。
数年経って祖母にも話しましたが、相手にしてもらえませんでした。 (笑)

母から生まれてくる時、数日前から、おへその帯(臍の緒)が2倍ほど大きく膨らんで、オレンジ色に光って見えました。

〝今までと何か違う〟と思って…、
帯が大きくなって、手や足が自由に動けなくて、
帯から栄養が今までの倍ぐらい流れて来て、

『あぁ〜、満足、満腹したぁ〜っ』て思った瞬間、

急に、滑り台みたいな乗り物に乗って、降り始めたら、顔が痛くて、顔がひん曲がって、口がへの字になって苦しくて、暑くて、暑くて、肩も痛くて

お腹の中にいた時、聞こえていた声も聞こえなくて…、

今思い出すと、奈落の底に落ちて行くような感覚かも^_^

そこから記憶はなくて、

次に記憶があるのは、

私って、なんと狭い部屋で生まれたのだろうと思ったこと。
自宅の1番小さな部屋で、本間2畳の部屋で寝ていました。

障子のサンが見え、障子のサンの向こうに桃の木があった。
生まれた時の記憶は他にもあって、ぷわぷわ羽があるかのように意識で自由に動けて2階にも行けた。

そして、誕生から数日した後の記憶はあまり無い。

ただ、誕生するとき、まだ産まれる覚悟ができる前に、誕生の準備をしている時(上から見ていた)、誰かに背中をズンと押された気がする。

羽が見えたので天使だと思う。
でも、全ての生き物の姿には羽が生えていたと思う。

私は、ちょっと予定より早く生まれて来た・・・
そんな体内記憶です。
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薪でご飯を炊く

私の家では私が中学生の頃まで、薪でご飯を炊いていました。
1回で2升は炊けたかもしれない大きなお釜でした。

子どもの頃、薪でご飯が炊けるまで、じっと火を見ていたことがあります。

土で作っていたのかコンクリートで作っていたのか、竃の記憶は曖昧ですが、流しの側に2つの大きな竃があり、1つはお米を炊き、1つは時々、お湯を沸かしていました。

家の外で大きな薪を割り、小枝を準備して、マッチで新聞に火をつけ、小枝を燃やし、小さな薪から大きな薪までくべていく。

祖母がいつもお米を炊いていました。
竃と釜の間に小さな泡ができると、薪を竃の外に取り出し、側に置いている金のバケツに入れ、火を消していました。

後は何もせず、じっとフタを開けず蒸すと言い、竃に向いて手を合わせます。

なぜ、竃に手を合わすのかと聞いたことがあります。

祖母は『今日も白いお米が炊けました。白いお米を食べれます。ありがとうございます』と竃門神さまにお礼を言うと言うのです。

小さな頃からご飯もお風呂も薪でした。

外にあるお風呂の火種を消してしまうと火がつかなくなります。
何度も火が消えないように見に行っては、温度を確かめました。

お風呂とトイレは外でしたから雨の日は傘をさして行くのですが、足元はいつも、濡れました。

夜中に目が覚めてトイレに行くと足や身体が冷え、朝方まで眠れなかったことも何度もありました。

今も、ふと昔を思い出すことがあります。

薪を割り、お米を洗い、炊き、蒸すまでが炊飯器のスイッチ1つでできます。

なんと楽なんだろ〜、なんと便利なんだろ〜、と思いますか、本当にこの楽さは死ぬまで続くのでしょうか⁈

昨夜、テレビ番組
『NHKスペシャル 体感 首都直下地震』を横目で見ながらパソコンの手を休め、ふと子どもの頃の不便さと今の便利さを考えた時、決して今が幸せで便利だと思えないと思ってしまいました。

何も教えていないので、我が子や孫に薪でご飯を炊きなさいと言っても、薪にすら火をつけれないと思います。

本当に首都直下地震、シミュレーションだけで終わって欲しいと願います。
でも、決して楽観してはいけないと思います。
日本は地震大国です。

で回避の方法を考え、今、何をすべきかを真剣に考え…、子どもや孫たちに素晴らしい未来を残してあげたいと思います❣️
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